女性と災害研究の展開
「震災後の若年性女性のライフ・キャリア形成と知識伝達に関するジェンダー論的研究」
(最終報告)
研究代表者 天童睦子(宮城学院女子大学)
研究分担者 浅野富美枝(宮城学院女子大学)
はしがき
本報告書は、2016(平成28)年度~2018(平成30)年度科学研究費補助金 基盤研究(C)「震災後の若年層女性のライフ・キャリア形成と知識伝達に関するジェンダー論的研究」の研究成果をまとめたものである。
本研究の目的は、震災後における若年層女性の人生キャリア意識の形成過程を、ジェンダー視点から分析し、その検討のもとに「ジェンダーと知識伝達」理論の構築可能性を探究することにある。東日本大震災以後、数多の災害関連研究が生み出されてきたが、被災経験を持つ若年層女性の人生キャリア意識とその形成過程に焦点を当てた研究はこれまであまり見られない。本研究の特徴としては、第一に、震災でもっとも甚大な被害を受けた宮城県を主な調査地として、20代前半の若年層女性(震災当時10代後半)を対象にフェミニスト・リサーチの手法を応用した聞き取り調査を行い、女性のキャリア形成を人生の進路選択という幅広い視点から分析することを主眼とした。第二に、さらにその視点と手法を幅広い年代の女性に広げ、東北から他地域へ広域避難をした女性、とりわけ福島からの移動と帰還にも目配りをして調査を行った。第三に、これらの実証的検討を通して、日本のジェンダー構造とその変革にかかわる知識伝達の課題を見出すことに取り組んだ。
2011年3月の東日本大震災以降、「災害と女性」研究分野では、女性への暴力、被災地の女性支援、復興や都市計画における女性の視点などの知見が蓄積されてきた。「災害と教育」分野では、子ども・生徒を対象に、青少年の心理的ストレスや学業、進路選択に関する調査分析はなされているものの、女性視点、ジェンダー視点からの検討は十分とはいえない。
本研究は、女性たちが震災後の人生キャリアをどう創り、いかなる葛藤や悩みを抱え、いかに生きる道筋を見出しそうとしているかという「ライフ・キャリア」の視点をふまえている。本研究における「ライフ・キャリア」概念は、人生をトータルに捉え、再生産領域(子育て、介護といったケア領域)を視野に入れたライフ・キャリア研究の展開上にある。また、フェミニスト・リサーチの手法に基づく質的調査(フォーカス・グループ・インタビュー)によって、女性たちの声から浮かび上がる困難と希望を実証的に検討している。
震災から数年を経てなお、東北に生きる人々は、それぞれの喪失を抱え、忍耐を重ね、そこから歩みを進めていることを想起したい。とりわけ女性の人生キャリア研究において、彼女たちの経験を忍耐にとどめず、ことばとして発信しうる学術的研究の展開、すなわち学問という分析力を通して理論化し、苦難からエンパワーメントへと紡ぐ「ジェンダーと知識伝達」理論の構築の道を拓くことが、本研究の主眼である。
本研究の実施にあたっては多くの方々のご協力を得た。貴重な時間を割いてインタビューに答えてくださった皆様に心より御礼申し上げる。
2019(平成31)年3月
研究代表 天童 睦子
研究組織・研究発表
研究組織
研究代表者 天童 睦子 宮城学院女子大学・一般教育部・教授
研究分担者 浅野 富美枝 宮城学院女子大学・学芸学部生活文化デザイン学科・元教授
宮城学院女子大学・生活環境科学研究所所員
研究発表
1. 学会誌等
(1)天童睦子ほか「女性・子どもの文化論序説―ジェンダーと地域芸能の視点から」宮城学院女子大学・キリスト教文化研究所『研究年報』第51号,pp.71-93,2018年3月.(研究ノート 松本晴子との共著,天童分担執筆pp.71-80)
(2)天童睦子・浅野富美枝「ジェンダー視点からみた広域避難と女性―東日本大震災における支援と女性たちの協働」第四回震災問題研究交流会『研究報告書』pp.81―86,震災問題研究ネットワーク,日本社会学会震災問題情報連絡会,2018年10月(インターネットによる公開)
2.口頭発表
(1)天童睦子「フェミニズムで読み解く知識伝達理論」国際ジェンダー学会2016年大会,一橋大学,2016年9月11日
(2)天童睦子ほか「育児言説をバーンステイン理論で読み解く:育児雑誌維持にみる教育化とジェンダー化」,日本教育社会学会第68回大会,名古屋大学,2016年9月17日(髙橋均・加藤美帆との協働発表)
(3)浅野富美枝「被災者が復興の主体となるための支援を」宮城学院女子大学キリスト教文化研究所主催シンポジウム「人間の復興と女性のエンパワーメント―女子大学から立ち上がる復興の新たなかたち」,宮城学院女子大学,2016年11月19日
(4)浅野富美枝「東日本大震災における広域避難と女性」宮城学院女子大学キリスト教文化研究所主催シンポジウム「人間の復興と女性のエンパワーメントⅡ-女性と移動を中心に」,宮城学院女子大学礼拝堂,2017年12月9日
(5)浅野富美枝「福島からの広域避難者と接して」非営利特定法人イコールネット仙台総会記念講演会、エルパーク仙台、2018年5月13日
(6)天童睦子・浅野富美枝「ジェンダー視点からみた広域避難と女性-避難する側と避難を受け入れる側との協働」第4回震災問題研究交流会,早稲田大学戸山キャンパス,2018年3月23日
(7)天童睦子「震災後の女性の経験とジェンダー問題の再構築」国際ジェンダー学会2018年度大会,聖心女子大学,2018年9月2日
(8)天童睦子「批判的フェミニストペダゴジーの展開と可能性」日本教育社会学会第70回大会,佛教大学,2018年9月3日
(9)Tendo Mutsuko, Asano Fumie, “Disaster Diaspora and Women’s Empowerment in Japan”, Poster Presentation, World Social Science Forum(WSSF) in Fukuoka, Kyushu, September 28, 2018.
(10)Tendo Mutsuko, “Japanese Women and Society: from a Post-Disaster Perspective”, presentation at Beyond 2018, at Gustafslunds Preschool, Helsingborg, Sweden, February 26, 2019.
(11)”Life-Career Education and Women’s Empowerment: A Post-Disaster Perspective”, Spring Annual Conference of Comparative Education Society of Hong Kong (CESHK), at The Education University of Hong Kong (EdUHK), March 16-17, 2019.
(12)浅野富美枝「ジェンダー視点から見た広域避難者を対象としたサロン活動―8年の変遷」第5回震災問題研究交流会,早稲田大学戸山キャンパス,2019年3月18日
3. 「女性と災害」シンポジウム,ワークショップ
(1)「人間の復興と女性のエンパワーメント―女子大学から立ち上がる復興の新たなかたち」(2016年11月19 於:宮城学院女子大学 第二講義館)主催 宮城学院女子大学キリスト教文化研究所,共催 「女性・子どもと地域」研究ネットワークWAC,総合司会 天童睦子,澤邉裕子,パネリスト 浅野富美枝,金谷美和,畑山みさ子,実践報告 市野澤潤平
(2)「女性と防災」ワークショップ「経験を紡ぐ―コミュニティ再生と女性」(2017年3月 於:仙台戦災復興記念館 会議室)主催 宮城学院女子大学 国際文化学科主催、司会・企画 J.F.モリス・天童睦子。ワークショップ報告者 Daniel Aldrich(Northeastern University),上山真知子(山形大学),指定討論者 宗片恵美子、八幡悦子ほか。
(3)「人間の復興と女性のエンパワーメント Part Ⅱ―女性と移動を中心に」(2017年12月9日 於:宮城学院女子大学 礼拝堂)主催 宮城学院女子大学キリスト教文化研究所,企画 天童睦子,報告 大村昌枝,浅野富美枝,コメンテーター 大野順子
(4)「女性と防災:次世代へつなぐ協働の実践へ」(2019年1月26日 於:エルパーク仙台ギャラリーホール)主催「女性と災害」研究グループ 共催NPO法人イコールネット仙台 協力団体 せんだい女性防災リーダーネットワーク
Ⅰ 「女性と防災:次世代へつなぐ協働の実践へ」~2019年公開シンポジウムより~
趣旨説明 「女性と防災」東日本大震災に学ぶ―次世代とつくる新たな協働の実践へ
本シンポジウムは「女性と防災」に焦点を当て、学生、市民がともに、防災や復興、地域社会のあり方を女性学、男女共同参画の視点から検討することを目指している。
東日本大震災から年月が経過し、被災地最大の都市仙台市の街並みからは、震災の記憶が薄らぎつつあるようにも見える。しかし、ひとたび津波の被災地を訪れると、被災地前の生活環境を喪失させたままの地域の姿があり、震災遺構、防潮堤の建設や震災遺構を巡って葛藤が続く現実がある。
「女性と災害」研究グループ(天童・浅野)立ち上げの契機は、2015年春に遡る。同年4月から宮城学院女子大学に女性学の担当教員として赴任した天童と、同大学で長年教鞭をとり、2011年東日本大震災前から仙台や宮城の各地で地域女性との連携に尽くしていた浅野が出会い、災害・防災の研究と実践に女性視点を、との点で一致した。共に、社会学や女性学の分野で培ってきた経験を、学生に伝えること、地域に還元すること、とりわけ、これからの地域防災や市民社会の形成に欠かせないジェンダー平等と多様性配慮の視点を共有すること、これは宮城という被災地にある女子大学に関わるものの使命であると考えた。
2016年には研究助成(科研費)を得て、宮城、福島の女性たちへの聞き取り調査を行うとともに、同年秋には「女性と災害」をテーマに公開シンポジウム「人間の復興と女性のエンパワーメント」(於 宮城学院女子大学)を開催した。シンポジウムの報告者の一人として浅野は「被災者が復興の主体となるための支援を」と呼びかけた。
女性被災者支援に焦点化し,生きる力を回復する支援、復旧・復興の担い手になる支援といった、女性の市民ネットワークの地道な活動から編み出された視点は、阪神淡路大震災時(1995年)の教訓をふまえ、東日本大震災時の多大な犠牲のもとに獲得した教訓である。
本シンポジウム「女性と防災―次世代へつなぐ協働の実践へ」は、第一に、災害復興や防災の議論のなかで、ともすれば周辺化される女性、子ども、マイノリティの抱える困難に注目し、葛藤や困難の背景にある社会構造(しくみ)と日常実践(日々のくらし)をつなぐこと、第二に、地域でさまざまに活躍する市民グループと、女子学生を中心に次世代を担う若者たちの学びと活動をつなぎ、目の前の、また将来の課題について、世代を超えて議論することを目的としている。
私たちの研究発信が、地域社会の未来を拓く一助となれば幸甚である。
2019年1月26日 @エルパーク仙台
「女性と災害」研究グループ 天童睦子・浅野富美枝
1.基調講演
「宮城発!元気が出る女性学―「女性が語る東日本大震災」の分析から」
天童睦子 宮城学院女子大学教授
2.講演
「災害につよいまちづくりと女性のエンパワーメント―地域防災と女性視点」
浅野富美枝 NPO法人イコールネット仙台理事 元宮城学院女子大学教授
3.実践報告
「女性目線で現場を見る―防災と男女共同参画」
石本めぐみ NPO法人ウイメンズアイ代表理事
4.ワークショップ 「女性と防災」新たな協働の実践へ
「市民女性が防災を変える―仙台モデル」
宗片恵美子 NPO法人イコールネット仙台 代表理事
「建築学から見る防災・震災対応―住まいづくりと女性視点の可能性」
本間義規 宮城学院女子大学生活科学部 教授「女子大学から立ち上がる子どもの命を守る防災プロジェクト」
MG-LAC学生ボランティアSave the Smile代表
佐々木夏未 宮城学院女子大学教育学部学生
プレイベント報告 Food & Smile!
学生ボランティアによる災害時の食づくり紹介
Ⅱ 文献資料・国際的活動報告
災害とジェンダー関連文献
“Disaster Diaspora and Women’s Empowerment in Japan”, Tendo, M. & Asano F., Poster Presentation, World Social Science Forum(WSSF) in Fukuoka, Sep.27, 2018
本研究報告(最終報告)は、JSPS科研費JP16K02044(研究代表者 天童睦子)の助成による研究成果の一部である。
This work was supported by JSPS KAKENHI Grant Number JP16K02044.
*報告書の全文をご希望の方は下記 天童研究室までご連絡ください。
tendo@mgu.ac.jp 部数がなくなりましたら締め切りとさせていただきます。
Gender studies of young women’s life career formation and knowledge transmission after a disaster
TENDO, Mutsuko and ASANO, Fumie
(Miyagi Gakuin Women’s University, Japan)
Summary
This study aims to provide a gender perspective on young women’s life career formation and knowledge transmission after a natural disaster, based on the case of the Great East Japan Earthquake in 2011. Since then, quite a lot of research on disasters have been provided in Japan. However, there are few studies on young women’s career awareness and career formation for those who had experienced a major disaster.
First, our research focused on women’s empowerment in Miyagi Prefecture, the area most affected by the tsunami. We conducted interview research with young girls who were teenagers at the disaster in 2011, while using the feminist action research method with a semi-structured questionnaire. This study revealed women’s life career awareness and career path selection were more or less affected by the consciousness of family values and the attachment to her native community after the disaster.
Secondly, we interviewed some women from Fukushima Prefecture, who had to leave their home districts because of the adverse effects of the nuclear power plant accident. With the cooperation of active women’s network in Saitama, we could conduct participatory observation and we found some women who had to leave their home towns in Fukushima or Tohoku. Furthermore, they were forced to move several times because of the disaster. The participants expressed a sense of loss, distress, and a sense of being socially dislocated. However, active citizen network support helped to construct new collaboration crossing borders between supporters and evacuees. Women are often viewed as a vulnerable group. However, our research showed that women were able to empower themselves with the women’s support network and retain their full sense of human dignity.
Thirdly, through this empirical research, we examined theoretical considerations of gendered structure in this society. Disaster do not affect people equally. Therefore, we point out the importance of a gender equal perspective based on daily lives. This study also suggests some new ways of approaching studies of gendered knowledge transmission and issues in education in the future.
*This work was supported by JSPS KAKENHI Grant Numbers JP16K02044.
Grant-in-Aid for Scientific Research(C) 2016-2018